天声人語(2010・7・27)

数学者の森毅さんは京大の教授だったころ、 授業で出席をとらなかった。あるとき、出席をとってほしいと学生が言ってきた。単位取得に出席を考慮してほしい、と言うことらしい。そこでこう答えたそうだ。

「よっしゃ、出席してない奴は少々答案の出来が悪くても同情するけど、出席したくせに出来の悪いのは容赦なく落とすぞ」。 学生は黙ってしまったそうである。
自身、学生の頃よくサボった。 父親には「学校を休んだ日は、学校へ行くより充実した一日を送れ」といわれていたそうだ

さまざまな逸話や、社会問題へのユニークな発言で「「最後の名物教授」と親しまれた森さんが亡くなった。 退官後は 自ら「老人フリーター」や「言論芸能人」と称していた。自分にも、他人にも、自由と放任を貫いた人だった

発言はしなやかで飄々、ときに過激でもあった。だが姿勢は一貫していた。「新しい事を始めるには優等生だけではだめ。突拍子も無いことを言い出すのは、大抵はスカタンですわ」。はみ出しがちな人への愛情が言葉の端々ににじんだ

『エエカゲンが面白い』 『まあ、ええやないか』 『ぼちぼちいこか』・・・・・・。肩の力を抜いた著書名の数々は、人生の達人からのエールでもあったろう。 「元気になれ、がんばれというメッセージが多すぎる」と案じてもいた

入学から就職まで最短で駆け抜ける今の大学に、さぞ苦言は多かったに違いない。「予定どうりの人生なんてそうあるもんやないよ」。 享年82。あの柔らかい関西弁が何処からか聞こえる気がする。



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